PLAが加水分解すると3Dプリンタではどうなるのか
加水分解は文字通り水が加わってポリマーが分解していく現象です。PLAは加水分解するといわれますが、具体的に加水分解を起こすと3Dプリンタではどんなことが起こるか考えてみたいと思います。
PLA樹脂は、まず植物から得られた糖質を微生物発酵によって乳酸に変換し、環状二量体であるラクチドを作ります。ラクチドをさらに開環重合することによって製造されています。加水分解ではこれと逆のことが起きます。PLAは水分と接触すると低分子化してオリゴマーに分解します。オリゴマーはさらにラクチド、乳酸へと分解していき、次第にプラスチックとしての特性を失っていきます。
フィラメントへの影響
すでにフィラメントの加水分解が進行している場合と、吸水したフィラメントが加熱溶融によりノズル内で加水分解する場合が考えられ、2つが複合している場合もあります。
加水分解を起こすと高分子の鎖が切られて分子量が下がるので、溶融時の樹脂の流動性が上がります。同じ温度条件を設定してもノズルから押し出された後の線幅が細くなり、ベッド定着が悪くなったり、積層強度が低下することがあります。これはスライサで吐出レートを上げるなどで対策が可能です。他にもオーバーハング時のダレが大きくなったり、糸引きがひどくなってくることもあります。これらも同様にスライサーの条件調整やマシンセッティングを変えることで改善は可能ですが、加水分解が経時で進行するたびに条件を合わせなおさないといけなくなるため、古いフィラメントを使っているとなんだかプリントが安定しないなという感覚になるかもしれません。
フィラメントの吸水度合いが大きい場合は加水分解とは別に、水分がバレルやノズル内でガス化して気泡となり、膨張することで逆に線幅が太くなってしまう場合もあります。造形中にパチパチ音がしたり、フィラメントのロードで吐出がストレートでなくうねりになっている場合は要注意です。最後にはうまく送り出せずに詰まりになることがあります。
すでにフィラメントの加水分解が進行している場合は元に戻すことができませんが、吸水したフィラメントの加熱溶融によってバレル内で加水分解が発生する場合はフィラメント乾燥である程度状態を元に戻すことができます。
造形品への影響
加水分解が進むと引張強度などの機械特性も低下します。特性の低下はとてもゆっくりなので感覚的にはわかりにくいかもしれませんが、次第に脆くなっていき、最終的には割れ、欠け、クラック、粉ふきなどを起こしてボロボロになります。屋内でも大気中の水分を取り込んでゆっくりと加水分解が進行します。どのくらいの期間で加水分解が進行するかは環境や添加成分により大きく異なるため一概に言えませんが、一般的に工業的にはPLA成型製品の実用的な耐用年数は5年程度と考えられているようです。(使用環境や使われ方によって異なるため、必ず5年でダメになるわけではありません)
このため3Dプリンタに限らず、PLAは長期にわたって使用するような用途、たとえば電子電機部品の筐体などに使用することは難しいといわれており、これがPLA汎用用途への普及を妨げる要因の一つになっていました。今はPLAを結晶化させたり、ポリマー中のカルボキシル末端を封鎖したりといった技術も実用的に使われるようになってきました。これでも完全に加水分解をなくすことはできませんが、加水分解にかかる時間を大きく伸ばすことができており、グレードによっては汎用樹脂にかなり近づいてきているようです。
関連ページ
- PLA樹脂のL体とD体について
- ガラス転移点の3Dプリンタ向け解説
- 吸水しにくいフィラメントの選び方
- 結晶性樹脂と非晶性樹脂の違い 3Dプリンタの観点から
- なぜPLAは3Dプリンタで広く使われるのか
- PLA樹脂の歴史と現状
- ABSとはどのような樹脂なのか 3Dプリンタの観点から
- プラスチックの耐熱温度とは何か
- PLAの生分解プラスチックとしての誤解
- PLA表面処理におけるジクロロメタンの危険性
- フィラメントの重さ、長さをWEBで計算
- ホットエンドでフィラメント樹脂もれが起きる理由
- フィラメント交換で3Dプリンタを一時停止させる方法(Simplify3D)
- メルトフラクチャの発生原因と対策
- 世界のPLA(ポリ乳酸)樹脂メーカー
- 樹脂のコンパウンドとは
- PLA樹脂は何に使われている?
- PETG樹脂とは? PETGとPETの違い
- 繊維強化プラスチックの3Dプリント基礎知識
- 2019年に発生したPLA樹脂の世界的需給ひっ迫について
- 樹脂の射出グレードと押出グレードの違い
- PLA樹脂原料の取り扱い、乾燥、再生に関する基礎知識
- 3Dプリンタ ダイレクト式とボーデン式の違いは?
- 3Dプリンタ フィラメントに合ったノズル材質の選び方
- 3Dプリンタのノズル詰まり 考えられる3つのメカニズム
- プラスチックの成形原料「樹脂ペレット」とは?
- PLAの生分解メカニズムについて
- 3Dプリンタ造形中にどんな有害ガスが出るか
- 3Dプリント造形品のアニール処理で何が改善する?
- フィラメントの乾燥で気を付けておきたい3つのこと
- 3Dプリンタで反りはなぜ起こる?(FDM)
- 導電性フィラメントとは?
- PLA樹脂の結晶化 アニール時に起きていること
- FDM式3Dプリンタの分解能の限界はどこにある?
- 造形品の積層強度は結局どうすれば上げられるのか
- なぜこれまで3Dプリンタにはエンクロージャーがなかったのか
- PLA樹脂 2021年の展望
- 3Dプリンタのファーストレイヤーの考え方
- クリーニングフィラメントとは?
- 積層ピッチと造形品強度の関係
- フィラメントはどのように量産している?
- フィラメント押出量はどう計算されている?
- 3Dプリンタのビード断面形状を決めているもの
- ホットエンドの温度はファンありなしでどう変わるか
- 3Dプリンタにおける高分子鎖の配向と絡み合いの影響
- 栓流(プラグフロー)とは?
- 3Dプリンタにおける樹脂冷却の際の挙動
- 3Dプリンタのフィラメント溶融モデル
- 3Dプリンタでのノズル内壁とフィラメントのギャップの埋まり方
- 樹脂はい上がりによる3Dプリンタの詰まり
- 造形品内部に欠陥はどれくらいできている?
- プラスチック製品のアニール処理について改めて整理する
- 3Dプリンタで起きる糸引きについて考える