フィラメントの品質、特性、造形時の挙動は、単純に樹脂や配合だけで決まるわけではなく、そのフィラメントが水を取り込んでいる度合(=吸水率)に大きく影響されます。吸水率は、その材料を乾燥して水分が含まれていない状態(絶乾状態)から水を取り込んだ場合にどれだけ重量が増えたか、重量増加の比で表される数値です。樹脂の吸水率はJIS K7209で決められている通り、絶乾状態から水に浸漬して求められる値ですが、フィラメント材料は大気に含まれる水が関係し、同じ水でも取り込み方がやや異なっています。
参考:The Natural Moisture of ABS Filament and Its Influence on the Quality of FFF Products
大気中の水は最初に樹脂の表面に取り付き、だんだんと内部に引き込まれて内部に拡散していきますが、どこに取り込まれているかで振る舞い方が異なるとされています。一番表面にいるのは吸着水です。表面にくっついているだけなので比較的手を放しやすい性質があります。次が毛管水です。樹脂材料に存在するさまざまなミクロな細孔、凹凸、欠陥といったところに入り込み、毛細管現象で内部に浸透して次第に蓄積します。もう一つ、分子構造に取り込まれた構造水というものもあります。構造水は一旦取り込むとなかなか手を放さないためやっかいです。樹脂の中には水を取り込むことで分子がより安定する性質を持っているものもあります。よく知られていますが、高分子鎖中に酸素(O)や水酸基(OH)が含まれていると一般的に水を取り込みやすくなります。水はH2Oなので酸素や水酸基と仲がよいというわけです。これらの構造を分子中に持っている場合は水を取り込んだ方が安定するため、大気に放置するとどんどん水をため込んでいくことになります。
樹脂材料が大気にさらされたとき、材料の表層は吸着水で直ちに飽和しますが、内部への取り込み方は樹脂によって異なります。ポリプロピレン(PP)やポリスチレン(PS)などの非吸水性の材料では、水は基本的に表層にのみ定着します。一方でABS、PLA、ナイロンなど吸水性の材料では、表層に取り付いた水は次第に内部に取り込まれます。材料が吸収する水の量は、大気にさらされる時間と湿度によって異なります。
材料の内部に水分子が拡散していくためにはその分の空間が必要になりますが、高分子鎖どうしの間には必ず自由体積空隙と呼ばれる隙間があり、ミクロに見た時にはこれが水の通り道になります。高分子鎖が水と反応しない場合は水分子と高分子は結合しません。水分子はただ通過するだけで、材料内部を自由に動くことができます。この場合は乾燥で比較的水を簡単に取り除くことができます。それに対して水との親和性が高い樹脂や、極性基を含む樹脂の場合は、通ってくる水が高分子に補足され、水素結合ができることで水分子の固定が起こります。その結果として材料が膨潤します。平たく言うと取り込んだ水の分、材料が太るということが起きるわけです。フィラメントでも吸水が進んだものは径が太くなることがありますが、これは構造的に水が取り込まれた結果です。
取り込んだ水は乾燥をかけることで、高分子鎖から引き抜いて追い出すこともできます。水分子を引き抜くために必要なエネルギーの量は、取り込んだ水の量、高分子鎖と水の結合強度、水の浸透の深さに依存します。吸水性の樹脂で長時間の乾燥を必要となるのはこれが主な理由です。
フィラメントの場合は多様な添加剤が使われることが多く、含まれるフィラーや添加剤も大変重要な要素になります。一般的に天然系材料(木粉、でんぷん、セルロース繊維、天然色素など)が添加されると、そのフィラメントの樹脂よりも水を吸収するため、吸水率や吸水スピードが高くなります。反対に無機系材料(シリカ、タルク、ガラス繊維、炭素繊維など)が添加されている場合は吸水率や吸水スピードが低くなりやすい傾向があります。水は無機粒子を透過できず、無機粒子を迂回しないと樹脂の内部に浸透することができないためです。無機粒子は水の浸透を食い止めるバリアのような役割を果たしてくれます(参考:フィラメントの色と吸湿劣化の影響について)。
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https://www.etvsrl.com/de/absolute-humidity-and-residual-moisture/