3Dプリンタ造形中にどんな有害ガスが出るか
3Dプリンタが低価格になったことで急速に普及し、消費者向けとしても広く使われるようになってきました。それと同時に、造形中に溶融樹脂から発生する有害物質についての影響も懸念されるようになってきています。Szymon Wojtyłaらは、Is 3D printing safe? Analysis of the thermal treatment of thermoplastics: ABS, PLA, PET, and nylonの中で3Dプリンタで発生するVOCについて調べています。VOCというのは揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds)の略で、トルエン、キシレン、酢酸エチルなどが一般的によく知られています。以下この文献と結果についてご紹介します。
彼らは市販の3Dプリンタ用フィラメント(ABS、PLA、PET、ナイロン)について、溶融状態の樹脂を高温保持することで発生する放出ガスをガスクロマトグラフィーで分析しました。サンプルは各1.2gです。これは3Dプリンタの10分間の平均的なフィラメント使用量に相当します。容器に入れたサンプルを240~250℃で10分間加熱して分析したのが以下の結果です。
各樹脂の総VOC量
「Is 3D printing safe? Analysis of the thermal treatment of thermoplastics」
を基にNature3Dがグラフ作成
各樹脂の放出ガス
ABS
保持時間(min) | 物質名 | 放出量(μmol/min) |
---|---|---|
0.97 | アセトン | 1.6E-4 |
5.11 | ブタジエン | 1.4E-3 |
7.50 | スチレン | 2.8E-3 |
9.33 | イソブタノール | 7.5E-4 |
11.85 | エチルベンゼン | 2.2E-3 |
14.29 | シクロヘキサノン | 1.1E-3 |
総VOC : 8.4E-3(μmol/min) = 5.0E-1(μmol/H)
PLA
保持時間(min) | 物質名 | 放出量(μmol/min) |
---|---|---|
0.94 | アセトン | 1.9E-4 |
2.08 | (不明) | 5.0E-4 |
6.81 | メタクリル酸メチル | 2.5E-3 |
9.35 | イソブタノール | 1.5E-3 |
14.31 | シクロヘキサノン | 9.8E-4 |
総VOC : 5.7E-3(μmol/min) = 3.4E-1(μmol/H)
ナイロン
物質名 | 放出量(μmol/min) |
---|---|
プロピレングリコール | 1.6E-3 |
シクロペンタノン | 4.1E-4 |
(不明1) | 1.3E-4 |
(不明2) | 1.7E-4 |
総VOC : 2.3E-3(μmol/min) = 1.4E-1(μmol/H)
PET
物質名 | 放出量(μmol/min) |
---|---|
トルエン | 3.6E-4 |
アセトアルデヒド | 1.3E-4 |
アセトン | 9.0E-4 |
ホルムアルデヒド | 2.2E-4 |
エチレン | 1.0E-4 |
安息香酸 | (微量) |
(不明) | (微量) |
総VOC : 1.7E-3(μmol/min) = 1.0E-1(μmol/H)
ABSの総VOCは0.5μmol/Hで、4種類の中で最も多い結果となりました。スチレンが総VOCの内30%以上を占めており、共重合成分であるブタジエンの放出も見られます。PLAの総VOCは0.34μmol/Hで、2番目に多い結果です。PLAの主要な放出ガスはメタクリル酸メチルで、総VOCの44%を占めています。PLAは比較的安全な傾向にはあるものの、決して有害物質がないわけではないことがわかります。
この文献では、仮に3Dプリンタの寸法が400 x 390 x 520mmとして、その中の大気の量が約40.56dm3(3Dプリンタの容積の50%)である場合、1時間当たりABSを造形した場合は放出VOCは約280ppm、PLAの場合は190ppmになると見積もられています。
ナイロンとPETはVOC放出量が低めの結果となっていますが、これは2つの樹脂の熱安定性が高いことが原因ではないかと報告されています。
どうすれば有害物質のリスクを減らせるか?
この文献では、3Dプリント時微粒子とVOCが放出されることでの健康への悪影響を抑えるため3Dプリンタにフィルタをつけることを推奨しています。動物実験からは、微粒子は嗅覚器官を通って脳に移動する可能性があるとされています。
0.3μmより大きい微粒子はHEPAフィルタで除去できますが、3Dプリンタから放出される粒子は10~115nmと非常に小さいため、HEPAフィルタは効果がないと報告されています。HEPAや活性炭は3Dプリンタで発生する有害物質を捕捉できないため、別のフィルタが必要ですが、光触媒が一つの解決策になりえるとしています。光触媒は光が当たることで表面に強力な酸化力が生まれ、空気中の有害物質を分解することができます。非常に小さいサイズの粒子でも無害化できると考えられています。
3Dプリンタ用に設計された光触媒フィルタはすでに特許が取得されており、光触媒システムを採用したFDMの3Dプリンタとして2016年9月に販売されたAccura Genius3Dが例として紹介されています。
実際にはこのようなフィルタをつけるのが難しいのが実状です。他にはプリンタ全体をケースに入れて密閉したり、ダクトなどで排気する方法もあります。一番手軽なのは適切に部屋の空気を入れ替えるなどで換気を行うこと、できるだけ3Dプリンタから距離をとることです。造形時間が長くなればなるほど有害ガスの量も増えます。健康障害は年数経たないと現れてこないことが多いため、日ごろから注意して対策を行うことが重要かと思います。