PLAの生分解性プラスチックとしての誤解
PLAは生分解性プラスチックとして紹介されています。生分解という言葉を聞くと、自然環境で分解されていくことを思い浮かべますが、実は必ずしもそうではありません。
PLAの分解は加水分解と微生物分解の2段階に分かれて進みます。1段階目は加水分解です。短期間に加水分解を起こすには温度55℃以上、湿度80%以上の環境が必要になります。堆肥を作るときのコンポスト装置だと発酵での発熱があり、水分も含まれるためこの条件はクリアできます。
まず加水分解でエステル結合の鎖が切られてガラス転移点が下がります。その結果、次第に結晶化が進行して透明であったものがだんだん白化していきます。加水分解は非晶相から起きます。非晶相がなくなって結晶相の占める割合が多くなっていき、この結果脆くなりますが、ある時点でパキッと割れてボロボロになっていきます。表面積が増えることで崩壊は加速していき、さらに細かな破片になっていきます。正確に言うとこの1段階目は低分子化と崩壊で、生分解ではありません。
加水分解で分子量が1万くらいまで低下すると、ここから初めて2段階目で微生物による生分解が始まります。1段階目を飛び越えて2段階目にはいけません。直接微生物が分子量の大きいポリマーを食べられないので、事前にある程度細かく分割してやる必要がある、ということのようです。1段階目の条件がそろわないとPLAは生分解しないので、他の石油由来樹脂同様、安定なままで長期間自然環境にとどまることになります。
よくPLA樹脂の説明を見ているとコンポスト条件で3週間で完全分解、などと記載がありますが、実はこれは上記のような限定された条件下での話です。条件から外れていても分解すると誤解されることがありますが、ガラス転移点以下だと分子運動が活発に起きないため加水分解の進行速度はかなり遅くなります。形状によるので一概に言えませんが、厚さ1mmのPLA試験片を土壌埋設して分解するのに5年ほどかかるといわれています。これは細菌の種類が多い好気性土壌の話です。PLAは湖底、海底などの嫌気性雰囲気だと分解が進みにくくなることが知られています。この場合はさらに年数がかかると考えられ、生分解が進まなければ延々残り続ける可能性もあります。近年話題のマイクロプラスチックもこれに近い話です。
生分解性プラスチック3種類について、どのような環境で分解するかをまとめました。PLAだとコンポストなど高温多湿環境では分解されますが、通常の土壌環境や水環境ではあまり分解はすすみません。農業用フィルムとして採用が進んでいるPBS(ポリブチレンサクシネート)はコンポストや土壌環境だと分解されていきます。ただし水環境では分解はすすみません。近年開発が進んでいるPHBHというプラスチックがあります。微生物が植物油を摂取して体内でポリマーを作って蓄えます。この蓄えたものを取り出した植物由来のプラスチックです。このPHBHだとコンポスト、土壌環境に加え、水環境でも生分解が進みます。
PLAはたしかに植物由来のプラスチックですが、水環境だと基本は生分解が起きないため、一旦海に流出すれば石油由来のプラスチックと何らかわりません。コンポスト処理場があれば堆肥化はできますが、もし処理場がなければ実はあまり意味はありません。生分解性だからといって安易に自然環境に投棄することは避けるべきかと思われます。
米国カリフォルニア州では生分解性プラスチックでできた製品に「生分解可能」、「堆肥化可能」などの環境にやさしいことを示す文言を記載することを州法で禁止しています。背景として生分解という言葉を消費者側で正しく理解できず、どんな環境でも生分解されるとの誤解を避けたい意向があり、製品がみだりに自然環境に廃棄されたり、廃棄物問題が解決されるとの誤解からくるプラスチック消費量増加を抑制できなくなるとの危惧があったようです。
ではPLAは環境保護に対してメリットがないのかというと、そんなことはありません。樹脂製造時のCO2排出量はPLAは石油由来樹脂と比較して低く、製品焼却処分時の排出CO2はPLAは植物由来のためカーボンニュートラルとして扱われます。石油由来のポリスチレンと、植物由来のPLAとを比較した場合、トータルでのCO2削減効果は1.4~2倍になるとの試算もあります。PLAを使うことは地球温暖化の面からは環境保護につながりますが、廃棄した時の環境影響についてもよく理解しておく必要がありそうです。
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